『大向うの人々』

大向うの人々 歌舞伎座三階人情ばなし

大向うの人々 歌舞伎座三階人情ばなし

いやはや面白いのなんの、歌舞伎ファンにとっては必読書だ。本書を読まずして歌舞伎を語ってはいけない。読めばますます歌舞伎にのめり込むはずだ。著者は元NHKの看板アナウンサーである。紅白歌合戦の司会は14回に及ぶ。

著者が歌舞伎に詳しいということは知っていたつもりだったのだが、これほどまでとは思わなかった。学生時代から木戸御免だったというのだ。木戸御免とは歌舞伎公演の3階席に無料で入ることができる「大向う(おおむこう)」の人びとのことだ。

本書のタイトルでもある「大向う」とは、役者が名場面で見得を切ったときなどに「音羽屋ぁー!」とか「成田屋ぁー!」とか声をかける人びとのことだ。この大向うがいないと、その日の芝居はじつに味気なく寂しい。そのために興行主は歌舞伎を構成する一部として、この大向うの人々を無料にしているのだ。

見得を切ったときに、掛け声がなく拍手だけでは、普通の演劇になってしまう。本質的に歌舞伎は独特なリズムを持つ音楽的な演劇だから、だらだらと続く拍手はかえって耳障りなのだ。ちなみにボクは芝居が終わった時以外には拍手をしない。とりわけ役者の登場では絶対に拍手をしない。拍手で役者の出台詞が聞こえないからという理由もある。

ともあれ、本書は著者の大学時代に歌舞伎にのめり込むいきさつから始まり、先代勘三郎との関わり、大向うの演劇史的考察、昭和30年代の大向うの人々、名優の大向うへの思い入れと続く。

勘三郎との関わりでは、勘三郎の声色(こわいろ)が上手かった著者が、じっさいに舞台で勘三郎の早替わりで声色を務めていたことが明らかにされる。昭和30年6月の新橋演舞場「巷談宵宮雨」でのことだ。代々中村屋はこの早替わりが面白く、今年8月の「怪談乳房榎」でも勘三郎がイリュージョンのような早替わりをやっていた。

さすがは歌舞伎界の人だ。文章の拍子がじつによく、本当に心地よい。例をあげよう。著者が勘三郎の楽屋へ向かうところの文だ。


いかにも通いなれたるというように、すれちがう下廻りの役者にもあいそよく「おはようござい」と挨拶をかわしながら、三人は、角切銀杏の紋を染めぬいた「勘三郎さんへ」の暖簾の前へ出た。


いやはや、このまま新作狂言の台詞になりそうだ。ちなみに「おはようござい」は「ます。」を書き忘れたわけではない。なんとも粋な挨拶だ。

本書では大向うの成立についても重々考察がなされている。その中で京都祇園の「手打ち」についての記述がある。これは顔見世興行での役者の乗り込みを迎え、祝う所作に由来すると解説されている。

先年、祇園町の「波木井」というお店の40周年記念パーティに出席した。そのときに30人を超える黒紋付の祇園芸妓によって「手打ち」が行われた。このときの手打ちはこれまで見たこともない、歴史に残るような大手打ちであった。ちなみに波木井さんもとんでもない「歌舞伎人」である。

このパーティの祝辞は坂田藤十郎、乾杯は扇千景だった。もちろん司会は著者の山川静夫である。その格調高い司会ぶりはテレビの中のそれとは少し違い、歌舞伎に溢れていた。本書の最後で著者は、現在の歌舞伎座最後の日に「こびき町!」と声を掛けるという。絶対に行きたい歌舞伎座最後の日。

波木井さんパーティで行われた手打ちの写真
http://plaza.rakuten.co.jp/chitosewine/diary/200711300000/