日生劇場十二月大歌舞伎


海老蔵の「霞町酔醒江戸桜」(かすみちょう えいぞめの えどざくら)で世間は大騒ぎである。12月8日も朝からNHKを含め全てのキー局が話題として取り上げていた。なにはともあれ、顔も目も異常ないようでひと安心した。万が一にも海老蔵がいなくなると次の数十年、歌舞伎から荒事が消えてしまいそうで怖い。

ちなみに市川団十郎家のお家芸である「助六」は団十郎海老蔵が勤める場合は「助六所縁江戸桜」(すけろくゆかりのえどざくら)だが、菊五郎が勤めると「助六曲輪菊」(すけろく くるわの ももよぐさ)、仁左衛門が勤めると『助六曲輪初花桜』(すけろく くるわの はつざくら)と本外題がかわる。成田屋だけには江戸が付く。まさに火事と喧嘩は江戸の花なのだ。

ところで歌舞伎座新橋演舞場には立派なレストランがあるのだが日生劇場にはない。昼食や夕食をはさんで5時間にもおよぶ歌舞伎に対応していないのだ。そのため弁当を持ち込む必要がある。劇場内の弁当ではつまらないので、近くの寿司屋に寄って折詰を仕入れてきた。なんとその包み紙には成田屋定紋三升と海老が印刷されているではないか。もちろん、握り寿司には甘海老も入っていて、12月8日はまさに海老尽くしであった。かまわぬかまわぬ。

「摂州合邦辻」は今年5月に大阪松竹座で行われた団菊祭でも上演されている。この時は「合邦庵室の場」だけだったが、今回は通し狂言である。配役は合邦が三津五郎から菊五郎へ、俊徳丸が時蔵から梅枝へ、奴入平が團蔵から松緑へ、浅香姫が時蔵から尾上右近と変わっている。主役の菊之助だけは不変だ。

前回は玉手御前の菊之助をベテラン2人が支えるという風だったのだが、今回は思い切って若手に任せてみたようだ。「合邦庵室の場」では菊五郎が刀を携えて再登場するまで梅枝、菊之助松緑、梅枝、尾上右近が並ぶ。花形歌舞伎を観ているようだ。物語的にはとんでもない場面なのだが、清々しい感じがした。

菊之助は5月とは少し印象が違う。より感情を表出している。より俊徳丸への愛情は深くなり、より主家への忠誠心が高まっている。しかし、5月の玉手御前のほうが良かった。新鮮だったので印象が強かったのかもしれないが、秘めたるものを持つ不可思議な女として見ることができたのだ。

合邦も菊五郎より三津五郎のほうが良かった。三津五郎は娘に対して親としての愛憎が終始交錯してしまうことに自らが当惑している感じだったが、菊五郎は感情の切り替わりがはっきりしているうえに、どっしりと構えてしまった。

通し狂言では俊徳丸が準主役といってもよいだろう。過去に通し狂言で俊徳丸を演じたのは芝翫幸四郎染五郎時代)、時蔵三津五郎だけなのだ。梅枝は将来この4人に準ずる切符を早くも手に入れたといってもよいであろう。菊之助との絡みで見劣りがしなかったのは立派だった。

「達陀」は好きではない。そもそも客席の照明を落とすのは歌舞伎らしくない。鳴り物にPAや、お経に録音を使うのも粋とはほど遠い。舞台の背後からのスポットライトはもはや六本木の「金魚」を思い出してしまう。時蔵の「青衣の女人」も登場する意味がわからない。いっぽうで最後の連行衆の群舞は圧巻だ。日本舞踊をベースにしたじつに力強いパフォーマンスである。けれど、それで力をもらって劇場を去れる、という感じをまったく受けないのが最大の欠点なのだ。

それにしても56ページの筋書が1500円とはいくらなんでも高い。すでに観劇された多くのブロガーが書いているが、劇場の玄関回りもじつに寂しい。ただでさえ12月である。寒々と観客を迎え入れ、高い筋書を売りつけ、ロビーには段ボール箱のゴミ入れ。いやいやながら歌舞伎公演を受け入れたのかもしれないが、かえって日本生命の名に傷がついたのではないか。今月は36回公演で、劇場は1300人のキャパだから、最大46800人の歌舞伎ファンをがっかりさせたことになる。