『科学は大災害を予測できるか』 産経新聞3月27日書評

科学は大災害を予測できるか

科学は大災害を予測できるか

著者は数学者にして、天体の軌道計算の専門家だ。いわば予測のプロが、科学は数学という道具をつかい、大災害を予測しうるかについて解説しているのが本書だ。

テーマは「台風や地震」、「気候変動」、「小惑星の衝突」、「金融危機」、「パンデミック」の5つである。いささか乱暴にまとめると、どの分野でも完全な予測や予知は難しいというのが結論だ。

天気や地震などの自然災害は、いわゆるカオス理論の効果があって難しいらしい。カオス理論とは、南米の蝶が羽ばたくと、どこかで嵐が起こるという逸話で説明される数学理論だ。

金融危機については人間が相手であるため、予測を発表したあとに人々の行動が変化し、せいぜいバブルの終わりを予測する程度であるという。

意外なのは小惑星の衝突だ。これこそ完全な計算が可能だと思っていたのだが、天体そのものを発見する必要があるため、新しい宇宙望遠鏡を打ち上げる必要があり、膨大な予算が必要だというのだ。

それぞれのテーマで、予測しようと問題に取り組んだ科学者や数学者の歴史が丁寧に紹介されている。たとえば気候変動の章では19世紀末の二酸化炭素と気候の関係の発見まで遡る。20世紀初頭には太陽黒点と気候や地球の公転運動と気候などの発見が相次いだ、と続く。

このように本書は、それぞれのテーマについての科学史という側面もあり、科学読み物に馴染みのない読者にも楽しめる内容になっている。

科学読み物は著者の筆力も必要だが、翻訳者の能力も問われる。本書は最良の訳者を得た。言わずもがなの解説は不要であろう。