古代エジプト2度目の終焉


古代エジプト古代エジプト人自身による統治という意味では紀元前525年にペルシアに支配されて終焉を迎えた。その後、アレキサンダー大王による征服、クレオパトラで有名なプトレマイオス朝の成立などがあり、紀元前30年にローマ帝国の属州となって古代エジプト建築の意味においても終焉を迎えた。

古代エジプト遺跡として有名なものを二つ挙げよといわれたら、ギザのピラミッド群とルクソールにあるカルナック神殿であろう。ピラミッドはともかく、カルナック神殿は紀元前20世紀あたりから2千年間繰り返し拡張、取り壊し、修復が行われてきた遺跡であり、実際に祭礼などに使われてきた場所でもある。そのため、いまでも巨大な柱の陰から古代の神官が現れるような錯覚にとらわれる。しかし、実際に現れるのは物乞いに近い遺跡関係者だ。

今回カルナック神殿は3回目の訪問なので、あまり観光客が向かわない野外博物園という別入場料が必要な回廊に入り、さらに門番に日本円にして100円程度のバクシーシを払い、センウセルト1世の聖船安置所に刻まれた細かいレリーフなどを写真に収めてた。柱に彫ったレリーフなのだが、ほとんど工芸品としか思われない細かい細工がなされている。古代エジプト人は本当に素晴らしい職人気質を持っていたのだ。


いったんホテルに帰り、期待を膨らませてカルナック神殿の音と光のショーを見に出かけた。ゆっくり見てみようとカメラもホテルにおいてきたほどだ。このショーはカルナック神殿の入り口に観客が集合し、重厚なナレーションと荘厳な照明に導かれながら神殿の奥に向かうといものだ。10数年前に見たときにはあたりは漆黒の闇、満点の星空、夜の砂漠特有のひんやりとした空気の中のショーで本当に感動したものだ。

ところが今回は完全に失望した。ショーの途中で帰ってきた。コンテンツはほとんど同じなのだが、空気が筆舌に尽くしがたいほど汚染されている。20メートルほどの先のレリーフが霞むほどだ。神殿そばの川岸にナイルクルーズ船が停泊しており、その排気ガスがあたり一面に充満しているのに加え、近くの建築現場で動いているあきらかに整備不良の重機の排気カクテルはもはや毒ガスである。

川下りとはいえナイルクルーズ船は2000トンもある大型船だ。照明のためにエンジンを掛けっぱなしにしているようだ。ナイルクルーズ船は280隻就航しているといわれる。しかし、今夜は不況の影響なのか100隻あまりがルクソールに停泊していた。じつに20万トン分の船が数百メートル以内に密集して停泊している。

カイロから同行した通訳兼ガイドは、カイロではすっかり馴れているので空気が汚染しているのは気になりませんといっていたが、さすがの彼も夜のカルナック神殿ではハンカチを口にあて咳き込んでいる。ホテルに帰ってから服を着替えて、シャワーも浴びたがまだ排気ガス臭い。最後には鼻の洗浄をした。この間わずか1時間半である。同行した友人は気分が悪くなり、1日寝込んでしまった。

しかし、最大の問題は一時的な観光客の健康問題ではない。この神殿が発掘されて僅か100年あまり。まだ色彩を残している数千年前の遺跡が、排気ガスに含まれる亜硫酸ガスなどでじわりと破壊されつつあることだ。途中に数限りない侵略を受けたため、古代エジプト人の末裔が現代エジプト人である保障はないが、古代エジプトは末裔の手によって2度目の終焉を迎えようとしているように思われる。

ちなみにカイロ博物館に行くときにはツタンカーメンやミイラの展示以外にも注意するべきだろう。博物館に充満する強烈な排気ガスなかで、密閉されてもいない展示ケースに、数千年前の籠や織物などの有機物の遺物が放っておかれている。われわれが生きている間に朽ち果てるかもしれないが、この博物館では写真を撮ることは許されていない。