『江戸歌舞伎役者の〈食乱〉日記』
- 作者: 赤坂治績
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2011/12/01
- メディア: 単行本
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文政12年20歳の仲蔵は上方に向かった。上方で稼ごうと思ったからである。この年3月に江戸三座が焼けて出番がなくなったのと、女郎に馴染んで借金が返せなくなったからだ。その女郎とは松井町の「お半」、弁天の「おむら」、吉原の「若緑」だったという。高利貸しの名前は「烏金(からすがね)」いやはや、お江戸情緒たっぷりである。
さて上方への道中、伊勢古市に4代目坂東彦三郎が出演していたので、仲蔵はしばらくここで稼ぐことにした。演目は伊勢神宮へ奉納するための『義経千本桜』。千穐楽のあと役者衆は御師の家にいって太太神楽を打った。そのあとに仲蔵たちは御師の家で鳥の肉を食べている。江戸時代は動力源であった馬と牛は食べられなかったが他の肉は食べた。そこで著者は、能の『善知鳥(うとう)』の海鳥、早野勘平が猪を撃つ『仮名手本忠臣蔵・五段目』、番小屋でしし肉を食べる落語の『二番煎じ』や広重の『名所江戸百景』までもちだして説明を試みる。ここまでですでにお腹がいっぱいになりそうだがお膳はまだ半分。
鶴が出てくるのはこの上方行のだいぶあとのこと、やはり上方に向かった仲蔵は岐阜で興行中の5代目海老蔵に会い、千穐楽まで出演した。海老蔵は天保の改革で江戸から追放されていたのである。ちなみに霞町の不行跡でしばらく表舞台から姿を消していたのは11代目海老蔵である。ともあれその興行中に5代目海老蔵すなわち7代目團十郎は鶴を雑煮にしてふるまったのである。
歌舞伎『五大力恋緘』には大坂バージョンと江戸バージョンがあり、大坂バージョンでは鶴の吸い物がでてくるという。その理由は上方の役者である7代目片岡仁左衛門が毎年節分に鶴の吸い物を振舞うという逸話があるのだという。『五大力恋緘』の筋書きから、仁左衛門の逸話まで細かに説明されているから歌舞伎ファンならずともたっぷりと楽しめるはずだ。
ところで、このたぐいの江戸の風俗本を読むときには自分なりの換算レートを持っている。もちろん諸説いろいろあるのだけれど、成毛式幕末蕎麦レートというものだ。まずはかけそば1杯を16文とする。16文は文化文政から幕末にかけての一般的な売値だったらしい。そして現代のそば1杯を320円として換算する。江戸には4000軒の蕎麦屋があったというのだから、ファストフードであり、価格競争も相当なものだったはずだ。320円としたのは現代のファストフード蕎麦屋である富士そばの価格を参考にしているわけだ。つまり1文=20円だ。1両は公定レートでは4000文だから8万円となるのだが、民間レートは1両6000文くらいであろう。よって1両は12万円ということになる。すなわち、1文=20円、1朱=7500円、1分=3万円、1両12万円である。
本書でも江戸の鰻は200文、大きな焼き芋が12文。仲蔵は糸魚川で居酒屋に入り、鯛の刺身と潮煮を注文し二人で酒を飲んだところ〆て120文。聞いてみると内訳は潮煮はひとり12文、刺身はひとり14文だとのこと。あまりの安さに驚いている。それぞれ、江戸では鰻4000円、焼き芋240円と現代とさほど変わらない。しかし、糸魚川では潮煮240円、刺身280円、2人で飲んで食べて2400円。さすがにこれは安いと驚いたはずである。いまでも糸魚川では安くて旨いものが食べれるのかもしれない。