二月大歌舞伎 六代目中村勘九郎襲名披露 夜の部


2月17日金曜日午後4時の新橋演舞場はなぜか殺気だっていた。地下食堂の予約コーナーに客が押し寄せ、予約台を動かしてしまうため、係員が悲鳴を上げていた。雪が予想されていたのにもかかわらず着物姿の御婦人方も多く、取り立てて歌舞伎に馴染が薄い観客が多いという雰囲気でもない。むしろ芝居が始まってみると、素晴らしいタイミングで拍手をし、それぞれの役者の口上をすべて聞くことができたし、鏡獅子では弥生の手を引きに行く小山三さんに盛大な拍手が起こっていたほどだから、良く劇場に足を運んでいる人たちなのだと思う。ちなみに小山三さんは御年93歳。中村屋さんの重鎮なのだ。それなのにあの殺気はなんだったのだろう。じつに不思議だ。

「鈴ヶ森」は勘三郎吉右衛門の共演だ。この二人が久しぶりに同じ舞台に立つのを見れただけでも良かった。次はいつのことになるのだろう。ところで、浅草中村座中村屋ファンと一緒に見る「身替座禅」などと比べて、新橋の舞台と鈴ヶ森では勘三郎が病気をおしての出演ということに気が行ってしまい、じつにキツそうに見えてしまう。同い年だから一層身につまされる。この襲名披露が終わったらゆっくりと養生してほしいものだ。舞台を見ながらふと、小学生のころ学校から帰りランドセルを投げつけて遊びに行くボクに対して、祖母が「お若けえの、お待ちなせえ!」と言っていたことを思い出し、懐かしく心の中で笑ってしまった。

上手に吉右衛門、下手に仁左衛門を擁した「口上」は絵に描いたようでうっとりだ。30分近くも全員で正座し頭を垂れていることに、こちらが申し訳なくなるほどだ。もちろん、観客にとってはそれだけでひとつの演目であり眼福なのだが、勘九郎にとっては先輩俳優たちに対して心底ありがたく心に刻まれることであろう。ビジネスマンからみると、本当にうらやましいかぎりだ。ビジネスマンよりもはるかに精進が求められることの反対給付なのだろう。ビジネスマンは3歳からお稽古などしないのである。ましては5歳から舞台には出ないのである。

お目当ての勘九郎「鏡獅子」は予想どおりであった。とにかく真面目だ。とりわけ前シテの弥生は「歌舞伎美人」サイトでご本人が言っているとおり、「川崎音頭」は体で踊り、目線もキチンと極まって、いっぽうで粗削りのように見えるのだが、30歳の勘九郎の鏡獅子を見せてもらったということなのだ。次は10年後でも良いのかもしれない。それこそが歌舞伎という不思議な芸能の楽しみなのだと思う。鏡獅子とは成長をみるための演目なのかもしれない。後シテの獅子の精はまさにスーパーアスリート。ドカンと飛んで見得切って二の腕すら微動だにせず一瞬で決まる。唖然。ともかく筋肉を鍛え上げたプロスポーツ選手なみなのだ。だとすると、このとんでもない荒業をみることができるのはあと5年位かもしれない。次の10年、花形の菊之助勘九郎、梅枝を追っかけてつづけている自分が怖い。

そもそも「じいさんばあさん」という演目は好きではない。ストーリーは歌舞伎特有の飛躍もなくつまらない。別離を余儀なくされる鴛鴦夫婦とそれぞれの瑕疵と思いやり、37年間の貞操を保ったうえの、清く正しい再会。陳腐だ。原作は森鴎外である。日本文学史のなかで明治期の森鴎外河竹黙阿弥という位置付けがわからない。はるかに黙阿弥が面白いはずだ。

最近は「じいさんばあさん」というと玉三郎だったのだが、今回は福助である。じつは今日は雪になりそうだし「口上」終わったら帰ろうかなと思っていたのだが、居残って大正解だった。意外にも、と言っては失礼極まりないのだが、福助が良かったのだ。まずはいつもの口のひん曲がりがない。ばあさんになった「るん」が可愛らしいのだ。玉三郎の「るん」より好きだ。玉三郎は最後まで奥方上臈なのだが、福助はだんだんと伊織の愛しき若妻に変化するのだ。この人の当たり役になるかもしれない。三津五郎はもはや何やっても素晴らしい。とはいえ、これは危険なサインなのではなかろうか。歌舞伎という地平のどこに居を構えるつもりなのであろう。