平成中村座12月大歌舞伎 夜の部


扇雀の「葛の葉」は前半の早変わりはともかく、後半の奥座敷の場に見入ってしまった。広告業界に3Bという言葉がある。Beauty, Beast, Babyだ。すなわち美女、動物、幼児であり、この3つのモチーフは視聴者の注目を引きやすいのだ。この狂言はその3Bが打ち揃う。美女に姿を変えた狐が、自分を助けてくれた男と暮らして子をなし、やがて正体がバレるにいたって、子を残して山に去るという芝居なのだ。狐の「葛の葉」が掌を丸めて狐手になって半分正体をあらわし、夜半に寝ている子供に見入りながら、嘆き悲しむ場面に思わず同情してしまう。この後半の扇雀が良かった。前半は、赤姫の「葛の葉」の化粧が狐の「葛の葉」との違いを強調するためなのか、異様に眉が吊り上っていて違和感があった。

「関扉」は常磐津舞踊の大曲だ。1時間35分の踊りなのだから、寝てしまう人も多かったかもしれない。とりわけ傾城「墨染」が出てくるまでが約1時間と長い。とはいえ勘太郎が立派でじつに良かった。扇雀勘太郎七之助が3人で踊る場面も楽しい。菊之助の「墨染」は次の「松浦の太鼓」につながっていて本当に素晴らしかった。

「松浦の太鼓」は当代勘三郎のために書かれた新狂言と勘違いしてしまいそうな芝居だ。筋書きで伊達なつめ氏が勘三郎演じる松浦公を「機嫌のいいお殿様」と表現しているが、言いえて妙。直情にして善意の人だ。勘三郎はこの狂言では芝居をする必要はなく、素のままでよいのではないかと思わせるほどだから、見ている観客全員に笑みがこぼれる。菊之助は大高源吾で後半に登場する。「関扉」では絶世の美女として、「松浦の太鼓」では凛々しい若者として、狂言の締めくくる役だ。いやもうファンとしては「音羽やあー!」と何度も声を掛けたいと思ったのだが、中村屋への客演だから、音羽屋だけに声をかけるのも憚られる。

ともあれ、昼・夜通して勘太郎が素晴らしい。勘九郎襲名をまえに、文字通りに身体がひと廻り大きくなった印象だ。この座組みでの荒事を一通り見てみたいものだ。顔で演じるようところのある海老蔵とは異なり、勘太郎は「荒事芸は童子の心を以て演ずべし」を地で行く。2月の襲名公演もじつに楽しみである。なるほど、襲名公演では昼の部に勘九郎の「土蜘」、夜の部に「口上」と「鏡獅子」。また一日がかりの芝居見物になってしまう。