定額給付金とGDP
future_bookさんから良い質問をいただいたので、あらためて定額給付金についての散文を書いてみようと思う。とはいえ、かなり長くなるので結論を先に書こう。定額給付金については賛成である。
第1のポイントは今回の日本の不況の主因は輸出の低迷だと考えられることだ。欧米においては資産バブルの崩壊とそれに伴う金融システムの機能不全が経済全体に壊滅的な影響を与えているのに対して、日本においては需要不足が最大の問題なのだ。外需の低迷は長期化する可能性があるので、内需を掘り起こすことが最重要課題だ
第2のポイントは日本のGDPの56%あまりは個人消費であることだ。雑駁にいうと、個人消費に頼っている企業も全体の56%、在庫も全体の56%ということになる。つまり個人消費を刺激すると56%の企業の売上げが伸び、在庫も減るということだ。
注1)
ところで個人消費は国民所得統計上では民間最終消費支出という項目で表される。この項目には補助項目として「民間最終消費支出(除く持家の帰属家賃)」というのがあり、この数字を使うとGDPに占める個人消費の割合は46%に低下する。この持家の帰属家賃とは、すでに住宅を自己所有している人が自分の住宅に家賃を支払っているとして計算するものなのだ。つまり実際に個人が消費として金銭を支出したのは46%であり、56%は過大な数字である。本来はこの数字を使うべきなのだが、ほとんどのエコノミストやメディアも知らないらしく、逆に誤解を受けそうだから、56%のほうを本ブログでも使っている。
注2)
麻生総理が個人消費はGDPの70%と発言したといわれる。個人消費と民間住宅、民間企業設備を合計すると75%になる。ちなみに、一般に米国の個人消費はGDPの70%だといわれる。意図的だとすると悪質。アメリカの数字と間違えたとするとアホすぎだ。
本論に戻る。個人消費を中心として内需を拡大するためには減税か現金給付の二つの選択肢がある。そのどちらもが個人の可処分所得を増やす効果があるからだ。
減税は個人に対しての政策であるから、所得税減税か消費税減税の二つの選択肢しかない。住宅ローン利子減税や自動車関連減税は個別に論じられるべきものだ。所得税減税は所得税を支払っていない層、つまり65歳で158万円以内の年金生活者や学生、低所得世帯などでは大きい追加需要は発生しない。効果と公平性の両方に疑問が生じる。
いっぽうで、消費税減税の効果は大きいと思われる。97年に消費税が3%から5%にアップされたが、この時の実質GDP成長率は−1.8%だった。しかも98年のGDPには消費税増税分の4兆円、GDP比で0.8%が含まれるのだ。つまり本来の実質GDP成長率は−2.6%にだったことになる。政府はさらなる経済対策に消費税引き下げを検討するべきであろう。
注3)
GDPの計算(93SNA)においては、個人消費には消費税が含まれる。GDP統計の生産サイドには「生産・輸入に課される税」という項目がある。この項目には消費税、たばこ税、有価証券取引税などが含まれるのだ。現在消費税収は10兆円あまりだから、消費税率を1%アップすると、GDPは2兆円増加し、自動的に0.4%も「経済成長」していまうのだ。つまり、理論的には消費税を100%にするとGDPは200兆円もアップする。経済成長率は140%に達するが、国は滅びているであろう。
現金給付も明らかに効果はある。問題はその効果の度合いなのだ。解いておくべき課題は限界消費性向の推定だ。限界消費性向とは増加した可処分所得をどの程度消費に回すかを示す値だ。この推定は容易ではない。給付時点での国民の消費渇望度などの心理的な要因が働くからだ。ざっくりいって0.3〜0.7の間であろうか。0.5であれば効果はあると思われる。
限界消費性向を0.5、給付金を2兆円とした場合、1兆円の追加的な消費が発生する。この消費は同額の国民所得を増加させ、さらにその0.5分の消費を喚起する。数式であらわすと「乗数」は1/(1−限界消費性向)だから、0.5の限界消費性向があれば、最終的なGDPに与える影響は2兆円=0.4%というわけだ。
と、経済学的な分析をしてみたがボクが定額給付金に賛成する本当の理由は、それが目に見える現金だからなのだ。2%の消費税減税では、激安スーパーの安売りセールの値引き率と比べるとさほど魅力的ではない。結果的に消費全体は伸びたとしても、国民に幸福感を与えられない。
さらに付け加えると、定額給付金は定額であるがゆえに、所得に対して逆進的再配分が行えるということだ。つまり、年に10万円の税金を納めるひとも、1億円のひとも同額の給付金をもらえるのだ。税金が戻ってくるという視点でみると、より少ない税を納めた人のほうに高い比率で還付されたことになる。
注4)
仮に限界消費性向が所得に関わらず同率だとすると、低所得層のほうが支出変化率が大きくなる。つまり月に10万円支出する人が12000円の支出を増やすのと、月に100万円支出する人が12000円追加的に使うのでは、経済的な効果が全く違ってくるはずだ。田園調布の駅前ではさほど売上げは変わらないが、学生アパートが立ち並ぶ町では消費が伸びる可能性がある。つまり定額給付金を高額所得者に配るのは効果的ではないのだ。しかし、総理が受け取る・受け取らないの議論はこのような考察からなされたものではなさそうだ。
定額給付金は次世代にツケをまわすだけだという意見もある。しかし、このまま日本の経済が落ち込みつづけたら、事業法人の株価はさらに下がり、それゆえ金融機関のバランスシートは悪化し、貸し出しが減るというスパイラルに入ってしまう。極端に落ち込んだ経済を再び元に戻すには、現代の経済システムが複雑であるがゆえに、大変な時間がかかるであろう。次世代に赤字国債というツケをまわすか、壊滅した経済を残すか、という究極のの選択になっているような気がする。
注5)
債券に詳しい「牛さん熊さんぶろぐ」によれば2008年9月末の国債保有者別内訳は海外投資家がわずか6.8%だったという。残りの大部分は銀行などが36.1%、保険年金23.2%、公的年金11.7%、日銀8.3%、家計5.2%、投信など4.7%だ。つまり、静的には日本人全体が「なんらかの金融資産を持っている、じつはほとんどの日本人」に借金していることになる。しかし、動的には次世代が現世代に借金していることには間違いはない。