『拘留百二十日』

勾留百二十日  特捜部長はなぜ逮捕されたか

勾留百二十日  特捜部長はなぜ逮捕されたか

編集部から献本いただいた。著者は村木事件で証拠改ざんをした前田特捜検事をとともに逮捕・起訴され、懲戒免職となった大阪特捜部長だ。じつは村木事件にはいささか思い入れがある。「村木厚子さんを支援する会」による声明文の末席に加わったこともある。人は見かけによらないといわれるが、村木さんだけは別だ。あらゆる犯罪からもっとも遠くにいる人だ。取調べでその人柄を見抜けなかったことが大阪特捜部の第1の敗因である。第2の敗因はその無理筋を前田主任検事に押し付けたことだ。その人こそ本書の著者である。ちょい読みとはいえ、なんともこの人は困ったひとなのだ。

最高検の捜査チームが動くに及んで「ひょっとして私をやる気か?逮捕を検討しているのか?・・そんな恐怖と不安が次々に襲いかかかってくて、私はそれらと心の中で必死に戦っていた」
参考人としての取調べの間「このような理不尽、不当な取り扱いが許されるのであろうか。心の中では憤怒の念が煮えくり返っている。
ともあれ本人は「(検察庁の)組織防衛のために逮捕され、27年間の努力とささやかな実績と名誉を否定され、職を失い、退職金もはく奪され・・・」と嘆く。
そして保釈時には迎えに来てくれた弁護士の姿を認め「私は『先生!』と呼びながら駆けより、先生の胸に飛び込み泣いた。」弁護士からは「大坪君、メソメソするな。男が泣いてはいけない」と諭される始末。

本書は権威と権力をもっているときは異常に強く、しかしそれを失ったときには異常に弱い人間の赤裸々な事件記録として読むことができるかもしれない。佐藤優氏は512日も拘留された直後、捜査の内幕や背景などを堂々と書いた『国家の罠』を上梓し、第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞している。いっぽうで本書はまるで私小説のように自分の弱さをつづっている。大坪特捜部長は内部では「坪ちゃん」と呼ばれていたらしい。検事とはいえじつのところ普通の人であるということなのだろうが、その自覚がないことが問題なのだとつくづく思う。