NODE No.9 書評 『すずしろ日記』

すゞしろ日記

すゞしろ日記

NODE no.9

NODE no.9

北斎漫画』が好きだ。何千人もでてくる人物はそれぞれに可笑しみがあり、当時の風俗を知る画像情報でもある。

洛中洛外図屏風』も好きだ。金箔を使った狩野派による屏風絵だ。もちろん、諸国の大名などが京を知るための画像情報が本分である。

ところで本書の著者である山口晃によれば「イギリスが狩野派を讃えるのをあてこすって、フランスが「北斎がすごい」と持ち上げた」のだという。さもありなん。

さて、その山口晃の絵が好きなのだ。洛中洛外図屏風のような構成に、北斎漫画のような登場人物、つまり大和絵の典型を油彩で描いているのだ。

しかし、山口のテーマは時空を超越した日本である。同一画面に侍や足軽もいるし、テレビカメラクルーもいる。合戦図では後ろ脚がバイクになっているメカ騎馬も出てくるし、パソコンを使う侍やヘルメット姿のそば屋の出前もでてくる。

大和絵独特の鳥瞰「吹き抜け屋台」で描かれている御屋敷の中を見ると、侍がくつろぐ畳の部屋にはバーカウンターがあるし、ちょんまげ姿の大工たちがおっ立てようとしている杭は鉄骨だったりする。

その和モノ好きで、メカ好きという画家がマンガで日記を書いている。連載しているのは東京大学出版会の雑誌「UP」だ。その作品を集めたのが本書である。50点掲載されているが、書きなぐり風なので、読み終わるには2時間はかからないであろう。

本業の油絵ではそうはいかない。『山口晃作品集』を見るとよい。ルーペ片手に際限なく、時間の限り見つめてしまう。展覧会にいっても時間がかかりすぎて、腰が痛くなる。

ともあれ、そもそもマンガを読まないので、この作品がマンガなのかどうかわからない。まあ、マンガかどうかを決める必要などはない。

連載は2005年5月から始まった。第1回では「どうでもよいこと」を書こうと決めたのだが、第2回と第3回は力が入ってしまったらしい。第4回では大反省をした。ペン先を太くした。メタファーの絵もたっぷり入れてこのあたりからたしかに面白くなってくる。

丸顔で大食漢という奥さんが必ず登場するようにもなる。絵描きという職業では「一日のうちで口をきいたのがカミさんだけ」という日も多いらしく、日記もだんだん夫婦善哉風になってくる。

私小説ならぬ私マンガであり、プロによる絵日記だ。言語的な才能を感じさせてくれる絵でもある。ただひとつ本書に不満があるのは、著者の写真は載っているのだが、肝心な「カミさん」の写真がないことだ。