『日本人とナノエレクトロニクス』

非常に要領よくナノエレクトロニクスの進展とそれに関わる日本人研究者について書かれた本である。テーマの選択も妥当であり、この分野の啓もう書としてはもっとも優れた本であろう。6つの主要技術についてそれぞれ1章をつかって説明したあとに、これからのナノエレクトロニクスについて語るという構成だ。

第1章は集積回路についてだ。キャパシタMOSFETなどを使って視覚的に集積回路の基本を説明したあと、集積回路全体の本質的な特徴である材料と量子力学を概観する。図版も豊富で判りやすい。「n型半導体とp型半導体」と「集積回路の作り方」という2本のコラムが添付されていて、この分野が全く素人でも分かりやすい構成だ。


第2章は「電子を閉じ込める」。この分野の知識はある程度あったつもりだったのだが「なるほどそうだったのか」と1ページ目から感心しきりである。身近な赤外線センサーの話から、それに使われる量子井戸型赤外線検出器(QWIP)の仕組みを概観し、その中の「超格子」と話は進み、量子ドット研究の最前線へと向かう。

この2つの章で登場する人物は超格子の江崎玲於奈と量子細線の榊裕之だ。著者はこの二人をはじめとして、日本人研究者は物質の新しい性質を作りだすことに多大なる貢献をしたと評価している。しかし、最近ではその日本の研究力に陰りが見え、とりわけ量子ドットの医療応用などの学際的な分野では後塵を拝していると嘆く。

第3章は「速さを求めて」でHEMT。第4章は「美しい光を」で面発光レーザー。第5章は「消えにくく消しやすく」でフラッシュメモリ。第6章は「かすかな磁場を捉える」でスピンエレクトロニクスだ。それぞれについてここで紹介する愚は犯さないが、数ページ毎に発見があった。

第7章は将来について語った章だ。微細加工技術の高度化、ナノ素材の合成、ナノカーボンと技術的なことばかりが続くと思うとさにあらず。「若い人に向けて」という各章に登場した研究者からのメッセージが章の半分を占める。若い人たちだけでなく、教育に関わる人たちにも読んでほしいものだ。

本書には図版が豊富に使われている。論文からの引用も多いのだが、心配は無用だ。必要な図版すべてに著者が説明を付け加えてある。じつに丁寧であり、その仕事ぶりは尊敬に値する。