『白鍵と黒鍵の間に』

白鍵と黒鍵の間に―ピアニスト・エレジー銀座編

白鍵と黒鍵の間に―ピアニスト・エレジー銀座編

ピアニストという人種はなぜ文章もうまいのだろう。クラシックの中村紘子、ジャズの山下洋輔などは音楽だけでなく文章も玄人だ。エッセイのうまい歌手とかギタリストなんてあまり聞いたことがない。

本書はジャズピアニスト南博の学生時代から、銀座のクラブでのピアニスト稼業をへて海外留学するまでの自叙伝である。副題に「ピアニスト・エレジー銀座編」とあるとおり、銀座での出来事が中心だ。巻末にはご丁寧に自身作曲のエレジーの楽譜が掲載されている。まさに哀歌一色の本なのだ。

それにしても、水商売とはなんと哀しい職業なのだろうか。その理由は自らの肉体だけで、しかも一対一で、客を満足させるという究極の商売だからだ。目の前の他人に合わせて自分を作る必要がある。自らの尊厳をかなぐり捨てる覚悟がいる。

その対称象限にある商売とは他人の肉体で、しかも一対多で、客を満足させる職業だ。画一的な商品を提供するのみで、自分に他人を合わせる商売だ。金融業がそれにあたる。多数の他人の金を預かり、多数の他人に貸し出すことで利益を得る。自らの尊厳は傲慢に変質し、やがてラプソディーが聞こえてくることになる。

エレジーとラプソディーの間では何か聞こえるのであろう。マーチかレクイエムか。すなくともどちらもジャズの正統ではない。