『なぜ、勉強しても出世出来ないか』

著者はネットバブル期からスキルアップ系の記事を書き続けてきた文筆家だ。いわば勝間和代本田直之に代表される「スキルアップ教」の尖兵だった。ビジネス雑誌などを通じて「今こそスキルアップを!」と煽りながら、私は正しいことを言っていると信じて疑わなかったという。その著者が10年たって「スキルアップ教に熱狂した若者たちは、果たして幸せになれたのだろうか?」と疑念を抱いたところから、本書の執筆が始まった。

著者は自分も含めて当時のスキルアップに関係した団体や人物に反省をもとめているように見える。その理由は実名がバンバン登場するからだ。「外資コンサルティング会社アクセンチュアに行き、その後独立したが取り込み詐欺にあって会社を潰してしまった人。野中ともよ氏肝いりの次世代経営者募集に応募したMBAホルダーたち・・」などは朝飯前、「はじめに」からこの調子が全開だ。第1章だけでも大前研一堀紘一中谷彰宏、「とらばーゆ」、「ケイコとマナブ」、『絶対内定』、『金持ち父さん、貧乏父さん』、勝間和代、「TOEIC教」など、一世を風靡したスキルアップ教のキラ星たちが登場する。

目次をもう少し眺めてみよう。「スキルアップのウソ」と副題がついている第2章では「スキルは必ずコモディティ化する」「そもそも、スキルアップ教が幻想だった」「スキルアップ族の評判が悪い」などはまだ柔らかいほうで「エリート(選抜組)は、30歳までに確定している」「30歳以上のキャリアチェンジ(職種変え転職)は困難」など、ストレートな表現で売りだしている『この無駄な努力はやめなさい』などの拙著がノックダウンされそうな率直さである。

第3章「スキルアップに振り回される人々」では税理士、会計士、弁護士、医師などの最高級スキルのほか「TOEICを勉強すればするほど、英会話ができない」など、またまた拙著の『日本人の9割に英語はいらない』など童話に見えてしまう。第4章は「最もわりに合わない勉強はコレだ!」という章で、これまた拙著の『勉強上手』など地平線の向こうまでぶっ飛ばされてしまいそうだ。恐ろしいライバルが現れたものである。

ところで、最終章の「脱スキルで幸せな職業人生を作る28の仕事術」という小見出しには少し笑ってしまった。スキルアップ教は「◯◯術」という言葉が大好きだったのだ。とはいえ「職場のデキる人を真似る」「仕事を選ばない」「えらぶって格好をつけない」「特定の人とだけつるまない」「人を批判しないで、褒める」「抽象より具象」などは、完全に同意するものだ。ざっと眺め読みしたかぎりではロジックに破綻はないし無理筋もない。若手ビジネスマンが気軽に読めて気楽になれる良書だと思う。

じつは10年ほど前インスパイアを起業したころのこと、当時の30代にはロクなのがいないとぼやいていたことを思い出す。まさに彼らはスキルアップ教の信者だったのだ。その彼らが最近になってスキルアップの呪縛から逃れ、目の前の仕事に向き合い始めたことを実感している。彼らはこれから大きな戦力として日本をリードしはじめることを期待したい。それにしても全編を通じての素直さには呆れるばかりなのだが、180度転進できる柔軟性や決断力は、スキルアップ教の尖兵だった著者が、その頃スキルアップしたおかげなのかもしれない。

えっ? 評者のスキルは何かって?
そりゃあもちろん、他人の本のレビューを借りて拙書を売り込む「営業術」!
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