『ドッグファイトの科学』

 

犬のケンカの科学のことではない。ドッグファイトとは戦闘機同士による格闘戦だ。第1次世界大戦のごく初期には自分の下を飛ぶ敵機にレンガを落としていたこともある。そのあとは瞬く間のあいだにピストルから機関銃、機関銃から機関砲、さらに空対空ミサイルの装備と変化していった。現在では72km先の敵機をミサイル自身がレーダー電波を放射して自律的に攻撃するタイプのミサイルが標準的になってきている。

それでは敵機が見えない位置から攻撃できるのだから、プロペラ機時代のドッグファイトなど起こらないと思われがちなのだが、そうではない。じつはベトナム戦争で機関砲しかもたなかったソ連製MIG-21に、ミサイルしかもたなかった米軍のF-105やF-111が苦戦を強いられたことから、やはりドッグファイトに関する装備と技術は必要だと考えられているのだ。もちろん、航空自衛隊の主力戦闘機であるF-15にも機関砲が装備されている。

本書の著者は1966年生まれ。航空自衛隊でF-15Jのパイロットとして勤務していたプロである。本書がプロが本気をだして入門書を書くとこうなるという見本だ。第1章は揚力と迎え角や飛行速度と旋回率などの基本だ。インメルマンターンやスライス・バック、アンロード加速などの戦闘機の基本を説明する。第2章は戦闘機動の基本についてだ。ハイスピード・ヨーヨー、バレルロール・アタック、ローリング・シザーズなど判りやすい図版をつかって説明してくれる。このあたりで興味を失った人には本書をオススメしないが、3次元の機動などの興味を持つ人は夢中になるかもしれない。

「素朴な質問」という最終章が面白い。たとえば敵機の数が自分たちよりも多かったときは離脱せよと説く。つまり必死に逃げるべきだというのだ。これはランチェスターの法則と呼ばれ、マーケティングを学ぶものであれは基本中の基本である。また、古い機体で新しい機体に勝てることがあるという。航空自衛隊で異機種間戦闘訓練を行ったところ1950年代から使われているF104が現用機のF15に勝利することもあったというのだ。ベテランパイロットは戦闘機の性能差をも超越することがあるらしい。ご同輩。胸を張って暴れまわっても良いようですぞ。

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