三月大歌舞伎 夜の部


3月夜の部は初めて歌舞伎を観るという人にうってつけかもしれない。すべての演目が軽く仕上がっているにもかかわらず、歌舞伎のエッセンスが詰め込まれている。「佐倉義民伝」は幕末、「小さん金五郎」は昭和9年、「唐相撲」にいたっては昭和29年の初演というのだから、昭和19年に設立された俳優座などよりも新しいということになる。しかし、俳優座などの新劇が芸術志向的な演劇を目指したのにくらべ、歌舞伎はあくまでも庶民の娯楽であって、今日も眺めているだけで楽しめた。

「佐倉義民伝」は350年前に4代将軍徳川家綱に直訴した佐倉(千葉県)の名主、木内宗吾の実話をもとにした演目だ。日本史で習ったように直訴は内容の如何を問わず「磔(はりつけ)」である。しかし、木内宗吾はそれを覚悟で佐倉の農民を救おうと、減税の訴えを行った。42歳だったという。芝居では愛妻と4人の子供に永遠の別れを告げに帰る宗吾と、別れたくない子供たちという、歌舞伎らしい「子別れ」の場面が見どころだ。幸四郎はいつものごとく情感たっぷりに演じているため、かえって深いレベルで共感を強制させられることがなく、楽に見ることができた。歌舞伎をはじめて観る人は、子役の一本調子の棒読み台詞に驚かれるかもしれないが、これはこれで良いものだ。

30分の食事時間をはさんで「唐相撲」は同名の狂言を題材にした舞踊劇だ。長唄などの演奏家が舞台背景にズラッとならぶ「松羽目物」なのだが、能を題材にした演目とちがって軽く、楽しい演目だ。菊五郎も左団次も團蔵も萬次郎もじつに楽しそうで「俳優祭」の延長のよう。皇后の梅枝が皇帝の左団次に本名で「ラブ注入!」されていて、おまえは菊五郎劇団の中核メンバーだよと念を押されていたように見えた。

最後は「小さん金五郎」だ。ぼーっと見ているだけで、お話はどんどん進み、気が付くと大団円。難しいことは一切なく、役者が上手下手から入れかわり立ちかわり出てきて、粋と美しさを競うというのがこの演目の面白さだろう。梅玉團蔵はもちろん粋。梅枝と松江はもちろん美。時蔵は粋と美の兼ね備え。とはいえ、さすが秀太郎商都大坂の粋とおかしみいう意味では図抜けていた。松江の衣装はもう少し工夫してもよいかもしれない。勘三郎が素で乱入したのかとひとり心の中で大笑いしてしまった。