『雪男は向こうからやって来る』 共同通信配信書評

雪男は向こうからやって来た

雪男は向こうからやって来た

著者は探検家である。ご自身のブログでそう宣言しているのだから疑う余地はない。じっさい、第8回開高健ノンフィクション賞を受賞した著者の前作『空白の五マイル』では、チベットの奥地にあるツアンポー峡谷を命からがら探検している。峡谷とはいえ全長5百キロメートル、最大深度が6千メートルもある巨大峡谷だ。

今回の探検はそのような人類未踏の地ではなくヒマラヤに雪男を探しにいく旅だ。ネパールの奥地、ダウラギリという高峰の裾野4、5千メートルの高地におもむいた。

もちろん、雪男の存在は著者一人の妄想ではない。女性として世界ではじめてエベレスト登頂に成功した田部井淳子や、ヒマラヤの8千メートル峰6座に世界ではじめて無酸素登頂した小西浩文も目撃したことがあるというのだ。

ヒマラヤに2足歩行の未確認動物がいるという報告は20世紀初頭から続いていた。32歳で新聞社を退職した著者はその存在を証明しようと山男たち5人と多数のシェルパやポーターたちと挑んだのである。

ところで著者は、探検の意味を聞かれて「みんなが避けたいものを、あえて避けないでやるという行為は、生きることを含めた象徴的な行為のような気がしているんですね。」と答えている。探検が文字通り命がけということを別にすれば、困難な状況に直面している日本の立て直しや、若者がベンチャー企業を起こすことに似ているかもしれない。社会や個人が困難なこと、新しいことに立ち向かう勇気を与えるために、探検家は身をもってその先頭を走っているともいえるのだ。

著者は雪男探索の先人がいることに気づく。ルバング島小野田寛郎を発見したことで知られる探検家、鈴木紀夫が人知れず単独で6回も挑戦していたのだ。その鈴木は1987年の雪男探検中、雪崩に遭遇して死亡した。その時の鈴木の異様な軽装は雪男との遭遇を示唆していた