「情報や善意を交換しに今日も夜の街へ」 月刊『フォーサイト』 2002年5月号掲載


http://www.fsight.jp/
仕事柄、いろいろな会社と付き合いがある。業種も、土木建設業からナノテクノロジー、農業から航空までと千差万別。投資会社といえども金融機関の端くれだから当然だ。ただし、我が社のように数十人の社員しかいない場合、必ずしも専門家がいるとは限らない。会社どころか産業すら知らずに投資するわけにはいかないから、何らかの方法で調査が必要になる。

一般的に調査は専門の機関や役所などのヒアリングから始めるのが普通だろうが、僕は新聞記者から始めるケースが多い。理由の第一は無料であること。おおむね記者は、会見や取材で人の話を聞いて朝から晩まで過ごしている。しかし、その出口は一編の記事だけだったりするので、鬱憤が溜まっていることが多い。締め切り後などの時間帯に彼らを襲えば、よろこんで情報を教えてくれる。

第二に新聞記者の多くは、若いくせに取材先の社長を良く知っている。まったく侮れない。経営者の記者に対する言動を聞くだけでも非常に参考になる。商品を売り込み続ける人、ひたすら警戒する人、思想家風情の人など客観的な事実を聞くだけで、出資という利害関係の絡む面談調査では得られない情報を手にすることが出来る。

しかし全く無料かというと、そうでもない。「情報という通貨」のやり取りが実際には発生しているからだ。この場合、こちらから差し出す情報が自社ネタではあとが続かないし、直接記事になるような他社情報ではまるで密告屋になってしまう。そこで、後日かれらがコラムに書けるようなエピソードを提供するのが筋ということになるが、ほとんどが馬鹿話のようになるのはご愛嬌。

例えば十年以上前のパソコン会社ユーザーサポート係の話。
ユーザー「パソコンが止まってます。しかもカーソルがウス(臼)になりました」
係員「そ、それは砂時計です。心配ありません」
ユーザー「時々、マウスで画面が見にくくなります。しかも動きがぎくしゃくしています」
係員「マウスはモニターに直接ではなく机の上でご使用ください」

こんな調子だから、サポート係はストレスが溜まる。あるときNTTのセンターを見学したところ、係員の机の前に鏡が置いてある。自分の顔を見ながら対応すると自然に笑顔になるとのこと。見えないノウハウだ。

ところで、障がい者にコンピュータを利用させることで就業を可能にし、福祉の受益者から納税者に変える運動をしている関西のNPOがある。資金を得るのに健常者に対するパソコン教室を開いたのだが、教えているのは両手が不自由な障がい者。彼が足でマウスを操作したため、健常者のパソコン初心者も靴下を脱いだ。一同大笑い。

この団体は不思議な魔力があり、いわゆる革新知事、現役官僚、経営者などが手弁当で集まってくる。もちろん記者たちもハマる。情報を通貨としていた人々が、善意も通貨となりうることを体感するのだ。多くの団体が参加者の余暇を期待するのに対し、このNPOは参加者の専門性に期待する。慣れない車椅子の操作よりも官僚には法律整備、経営者には均等雇用の促進、記者には障がい者の尊厳の報道を求めるのだ。これも見えないノウハウであろう。

記者を逆取材して得る企業情報も、革新的NPO参加による善意の交換も、対面でなければ不可能。対面となれば酒だ。東アジア的といわれればそのとおり。しかし、アメリカ人を真似たパワー・ブレックファストなど、噴き出すのがトーストでは噴飯ものにすらなるまい。

締め切り後の記者や一仕事を終えたNPO職員たちとの会合は夜九時以降になることが多い。今日も自分専用の鏡を持参して、情報や善意という見えないノウハウを交換しに、夜の街に繰り出そう。

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この文章に出てくる障がい者NPOとは竹中ナミねえ率いる「プロップステーション」のことだ。ナミねえはもう60歳近いはずなのだが、あまりにエネルギッシュなので、比喩ではなく見ているだけで目が廻るほどだ。心身障がい者の母にして、関西大震災の被害者にして、太っているというハンディキャップを負っていると言っているのだが、じつは「ナミねえBAND」のリードボーカルでもある。ヘンだけど至極まともな人である。
http://www.prop.or.jp/
http://www.prop.or.jp/namis_room/index.html