私の「濡れ落ち葉保険」

フォーサイト」2001年12月号「遊んで暮らそう」第2回

I LOVE JAZZ

I LOVE JAZZ

40歳を過ぎてから、来るべき老後に備えていろいろなものを備蓄している。これは、仕事が一段落し、家族からも疎んじられた場合に備えての「濡れ落ち葉保険」だ。備蓄品とはカメラ、書籍、レコードなど。あと30年も経てば銀塩フィルムカメラも骨董品になる。孫に自慢ができるはずだ。読まずにとってある数千冊の書籍は、若かりしころの社会・風俗を日がな一日懐かしむのに役に立つだろう。

レコードはおもに50-60年代のジャズ。一年前から集め始めたのだが、すでに400枚近くに達している。しかし、どんなレコードがあるのかと聞かれると答えに窮する。マイルス・デイビスコルトレーンなどのいくつかのタイトルは覚えているが、8割のレコードははじめて聞くものばかりだ。

大学時代、缶ピースを片手に渋谷や日暮里のジャズ喫茶に通った。本当にジャズが好きだったのではなかった。東京出身の学生にバカにされないよう、安い経費で都会生活者を演出するのが目的だった。少なからぬ友人が同じ思いであったことをあとで知った。自分を含め、彼らのほとんどが今ではサザンオールスターズをカラオケの持ち歌にしている。学生運動時代のヘルメットとタオルを脱ぎ捨て、株価に一喜一憂しているのも同様の仕儀。

ところで、レコードは全て新潟のJHS-JAZZレコードから購入している。主宰は山田さん。実は名前しか知らない。なにしろ会ったことがない。一年ほど前、インターネット上でJAZZ中古レコード店を検索していたところ、この店が気にいった。定期的に在庫データを更新しており、デザインもなんとなく信頼がおけた。以来、定期的に店主が良いと判断したレコードを送ってもらっている。

一枚千円のものから中には数万円のものもある。定番もあればマニアックなものもある。全ては店主の選択によるものだ。これほど人を信頼してモノを買ったことはない。一種の骨董であるがゆえ、価格の妥当性はわからない。しかし選曲の妥当性は聞いてみるとわかる。人生で初めて本当にジャズを味わっている自分に気がついた。

子供のころバイオリンとピアノとフルートを習った。もちろん同時にではない。一つの楽器が中途半端に終わり、なにも弾けないまま気移りをする。ジャズどころではなく、きらきら星とアマリリスしか記憶にない。我が血を引く娘にはバイエルを終了したら、難しいソナチネではなくポピュラー音楽を弾くべきだと進言した。大いに気晴らしになるらしく、試験前にはよくピアノを弾いている。

私がジャズに興味を持ったのは父親が札幌のレコード店のえらいさんだった影響が大きい。事実、中学・高校時代はあらゆるコンサートにアルバイトの名目で入ることができた。札幌交響楽団の月例演奏会はもとより、フィッシャーディスカウ、アルゲリッチピンクフロイド、シカゴなどなんでも入れた。「イルカに乗った少年」や「ひまわり娘」のコンサートにすら行った覚えがある。しかし、なぜかジャズは全く記憶がない。ジャズは都会の大人の音楽だったのだ。

46歳になって、ようやく私も都会の大人になったのかもしれない。しかし、その都会人はインターネットで新潟のレコード店から買う。骨董レコードも世界各地の田舎に保存されていたものを仕入れるそうだ。田舎者が都会にでてきて、田舎から都会の音楽を仕入れているこの状況は、現代版「田舎のねずみ都会へ行く」かもしれない。レコードの収集が一段落したら、田舎で暮らすのが首尾一貫というものだろう。でも、札幌は寒いだろうなぁ。

ところで、我が家のレコード・プレーヤーはオラクル社のデルファイというモデル。実は同名データベース会社のオラクル社も、同名のプログラミング言語デルファイもマイクロソフトの競争相手である。もちろん、このプレーヤーはマイクロソフトを退社してから購入した。アンプのブランドがマッキントッシュであることは言うまでもない。

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文中のJHS-JAZZのURLを掲載しておこう。山田さんとはいまだにお会いしたことはない。しかし、いまだに山田さんからレコードを買い続けている。ウェブのスタイルは10年まったく変わっていない。きわめてストイックで素敵である。成毛眞ブログに唯一ゲストライターで登場しているのが、その山田さんである。興味のあるかたはカテゴリーJAZZをご覧いただきたい。
http://zoot.biz/jhsjazz/