「フォーサイト」2001年11月号 「遊んで暮らそう」第1回

新潮社の国際情報誌「フォーサイト」に2001年から3年間にわたり連載していた「遊んで暮らそう」の記事を随時アップしてみることにした。なにしろテーマが微妙なので、10年たってても古くなっていないように思う。

現在「フォーサイト」は会員制サイトとして健在である。ボクが日経やエコノミストなどの紙媒体有料おまけサイトではなく、お金を払って見ている唯一の独立サイトだ。お勧めサイトである。
http://www.fsight.jp/

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今年の九月に四十六歳になった。にもかかわらず、スペインやドイツはおろか、イギリス、フランスにも行ったことがない。シンガポールも上海も知らない。外資系のマイクロソフトに二十年近く勤めていたくせに、ひどい外国音痴である。

その代わりエジプト、中国の内モンゴル自治区新疆ウイグル自治区など、日常のビジネスや現代文明から距離のある国や地域へは毎年、足を運んできた。全行程エコノミー・クラスで移動し、現地の友人を通訳代わりにかりだす。ゴールド・カード持参のくせに、無銭旅行気分をあじわうのが目的だ。

こういう僻地を旅行する時には、意味もなく携帯燃料やアルファ化赤飯などを持参する。水濾過器や簡易GPSなども携行品だ。本当は使いかたも知らない。実際に役に立つのはリュックに入れておいた昔の冒険家の本である。何十年も前の探検家が辿った足跡を車で移動するだけでも、どきどきするからだ。

一方、ケニア、ネパール、ベトナムなど西欧近代文明の残滓のような国へは家族で旅行する。ビジネスクラスで往復し、現地ガイドを全行程つける。いわば旗本一家のお伊勢参りのようなものだ。二十世紀前半に西欧資本家が作り上げた、テーマパーク型冒険の遺産に泊まる旅である。

ケニアでは銃が双眼鏡に変わったが、映画「ハタリ!」のままにサバンナをジープで走り回った。ネパールでは象にのってカメラ片手にトラ見物。気分はもう、大英帝国インド駐留大佐である。ふとアラビアのロレンスを思い出すのが我が身の浅はかさ。ターバンとシュマーグヒンズー教イスラム教を混同している。

数年前にはエジプトへ行った。知り合いの写真家がエジプトを題材にしたテレビゲームの取材を引き受けたので、助手として連れて行ってもらったのだ。もちろんわたしだけが自費である。そのゲームは地中海を舞台にしたシミュレーション・ゲームなのだが、終了した後のスタッフ・ロールにフォトグラファーとして名前を載せてもらった。気恥ずかしいが、プレーする子供達が私の名前を知っているとは思われない。

現地では吉村作治教授にもお会いし、早稲田隊が発掘中の「王家の谷西谷」を見学。吉村先生は呆れるほどの熱意で仕事をしている。テレビのクイズ番組に出ている解答者は双子の兄弟に違いない。

エジプトではアメンヘテプ四世、別名アクエン・アテンが歴史上最も重要な人物だと信じている。三千四百年前のこのファラオは、多数神信仰であった古代エジプト唯一神信仰に改革した。そのために首都移転も行ない、元の名前にある国家神アメンを捨て、太陽を意味する唯一神アテンにまつわる名前に改名した。

脳水腫だったらしいこのファラオの死後、三女の婿にあたるトゥ・ト・アンク・アテンが即位したが、多数神を信じつづける神官団に元の首都に連れ戻され、名前もアテンからアメンへ戻される。この王は日本では一般的にツタンカーメンと呼ばれることになる。

さて、再遷都後、アクエン・アテンの首都アマルナに残された人々はどうなったのか。出エジプト記ではモーゼがアクエン・アテンの四代後の王、ラムセス二世の軍隊に追われてエジプトを出てゆく。モーゼに率いられたユダヤの民はアマルナにいたと考えられるし、家族を大事にしたアクエン・アテンは奴隷たるユダヤ人も大事にしたに違いない。ユダヤ人たちは当然、唯一神信仰になったと考えられる。

いささか乱暴にその後をまとめると、モーゼはユダヤ教を生み出し、イエスがその千三百年後に改革を唱えキリスト教の始祖となり、さらに六百年後、マホメット唯一神信仰の集大成ともいえるイスラム教の開祖となった。以来、唯一神宗教間の紛争は後を絶たない。三千四百年前、アメンヘテプ四世が生み出したともいえる唯一神は、唯一神同士の戦いをも生み出し、二〇〇一年九月にはニューヨークの世界貿易センタービルを倒壊させたのである。私の次の旅行候補地は、当然エルサレムだ。当分、ロンドンやパリはお預けである。

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写真は記事中にもある、新疆ウイグル自治区の西の端、カシュガル市で、15年ほど前に撮影した。路地を歩いていたら偶然出くわした、娘の結婚式を直前に控えた家族である。みんな嬉しそうだ。お父さんはまだ家族の誰も食べていない煮込み料理をボクらに味見させてくれた。この子供たちももう立派な男に成長していることであろう。

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エジプトにはその後、何回か訪れている。年々ひどくなる車からの排気ガス。(カイロは世界一の汚染度だそうだ)ドブ川と化したナイル川。見る見る膨れ上がりつつある若者人口。もう限界ではあるまいかと思っていたら事件勃発である。発展途上国は早めに見に行っておかないと、風景も変わるし、人も変わる。国そのものも変わってしまう可能性があるのだ。