国立劇場平成23年初春歌舞伎公演 「四天王御江戸鏑」

新年早々訃報がとどいた。中村富十郎丈が昨夜お亡くなりになった。謹んでお悔やみを申し上げる。誠に残念。鋭い口跡で、踊りに切れがあり、位の高い役で素敵だった。

昨年に引き続き、国立劇場初春公演の初日を見に行った。昨年のブログの冒頭ではこう書いた。「年末から楽しみにしていた大歌舞伎だ。今年のお正月のメインイベントだ。いやはや面白いのなんの、楽しいのなんの。観客全員、帰り道はニッコニコだ」と。

今年も同じ。本当に楽しかった。歌舞伎をご覧にならない方は、信じられないかもしれないが、今年も場内は爆笑に包まれた。けっして歌舞伎は難しいものではないのである。演目は「四天王御江戸鏑」(してんのう おえどの かぶらや)。いまから196年前に、顔見世狂言として1カ月だけ演じられた演目である。観るほうも初めてだが、演じるほうも初めてである。

初めて演じられるという意味では、現代劇も同じだよと思われる人も多いだろう。しかし、菊五郎菊之助だけみても昨年10月から3か月間、公演しっぱなしの中で、まったく新しい芝居の稽古をつけていたのである。10月は名古屋で2日から26日まで休みなく昼夜。11月は新橋演舞場で1日から25日まで休みなく昼夜。12月は日生劇場で2日から25日まで休みなく、毎月まったく違う演目を演じていたのだ。ただ事ではない。

この演目は歌舞伎の要素をふんだんに盛り込んである。序幕は竜宮城に「見立て」た物語の背景説明、2幕目は「だんまり」あり「宙乗り」ありで〈起〉、3幕目は女郎屋で爆笑につぐ爆笑で〈承〉、4幕目は武家屋敷で「実ハ」続きで〈転〉、大詰めはもちろん「殺陣」と大スペクタクルの〈結〉だ。

観るほうも初めてなのは、観る専門家である「大向こう」も同じである。花道から役者が登場しても「筋書き」を読んだだけでは誰かは判らないから、客席に顔を向けてはじめて声がかかる。濃い隈取の時は、台詞が出てからではないと役者が判らないから、やはり声掛けが遅れる。初日だから大勢の「大向こう」が来られていたのだが、大変そうだった。時蔵が「早変わり」をしても「大向こう」が気づかなかったほどだ。2日目からは「大向こう」の人たちがさらに芝居を盛り立てるであろう。

他に2日目からかわりそうなのは、土蜘蛛の精である菊之助が「すっぽん」から登場するときの煙であろう。1日目はあまりに盛大に煙が焚かれていて、菊ちゃんが燻製になって登場するのではないかと心配してしまった。よく咳き込まなかったと、妙なところに皆感心しきりであった。

羅生門河岸中根屋2階座敷の場」はこの通し狂言の見どころの1つである。すでにNHKが初日を生放送しているので、いまさらネタバレでもあるまいが、放送を観ていない人もいるはずなので、自重気味に紹介しておこう。どんちゃん騒ぎを盛り立てる女郎屋の喜兵衛の台詞「そんなら皆さん、唄や踊りが可愛くて、いま秋葉が原で大流行り、四十八手の裏表、娘手踊り一座の真似事などを、店の禿(かむろ)に演らせてみようと…」と登場する子役4人。さらに「お土砂」なる薬が登場してからは幕引きまで爆笑につぐ爆笑だ。

菊五郎劇団のお正月公演は、役者の出来不出来などを完全に超越した、ただただ楽しめる芝居だ。最後に客席は菊之助の土蜘蛛が吐く「蜘蛛の糸」にまみれ、引っ張りの見得で大団円である。

ところで、芝居は最後の最後まで手を加えているらしく、登場人物などについて「筋書き」はあまり詳しくはない。参考程度にしかならないのだが、いっぽうで「資料展示室」なるページが充実していて価値がある。196年前の本公演の各段の錦絵がカラーで紹介されている。描くは初代豊国、初代国貞、国芳。描かれるは5代目幸四郎、3代目三津五郎、3代目菊五郎、7代目團十郎だ。「筋書き」の3ページ目「音菊由縁初春賑」の1文が素晴らしい。多くの人は読み落とすであろうから、念を押して置きたい。是非にも読まれよ。