『ヘンテコピープルUSA』 週刊朝日12月3日号 「ビジネス成毛塾」掲載

ヘンテコピープルUSA

ヘンテコピープルUSA

おそろしく読み応えのある「解説」が付属している本である。なんと村上春樹がたっぷり6ページの解説を書いているのだ。村上は本書だけでなく、先行したテレビ番組も見てから、この解説を書くという念の入れようである。それもそのはず、村上は1987年に本書『ヘンテコピープルUSA』の著者ルイ・セローの父親であるポール・セローの著作を翻訳しているのだ。しかし、大作家の村上が友人の息子だからという理由でここまでの評価をするいわれはない。本書はそれ自体に妙な魅力がある。

英国BBC放送でアメリカの「へんてこ」な人たちをテーマにした番組を作っていた著者は、後日かれらを再訪する。本書はその記録だ。UFOを信じる人たち、ハードポルノ役者、公認売春宿、白人至上主義者、詐欺師、ネオナチの主婦などが登場する。

とはいっても著者はアメリカ人の病理を研究しにいったわけではない。イギリス人特有の距離感で彼らに接し、会話をしながらも困惑し、妙に同感してしまいそうになるのだ。取材対象との会話は脱力系そのものである。

そもそもイギリス人は脱力系で妙な人たちを主人公にした番組を作り続けてきた。「モンティパイソン」や「ミスタービーン」などだ。ひとつ間違えると知的障害者への揶揄と問われかねない番組だった。しかし、本筋は妙な人たちの存在を笑いながら許容し、じつは自分たちも同じだと自嘲する内容だった。本書でもその伝統はいかんなく発揮されているようだ。

大英帝国時代、イギリス人は彼らから見ると妙な人たちを支配していた。インド人もアフリカ人も中国人も妙な人々に見えたはずだ。しかし、大英帝国が民族の多様性を許容するようで、しえなかったことから、ローマ帝国のような長期間の支配は叶わなかった。それを今になって笑っているのだ。

本書は日本企業が世界に進出するうえで、多様性とはなにかを知るための良きガイドブックとなるかもしれない。


【追補】

本書のもうひとつ魅力は達者な翻訳である。「マジでビビったぜ!」とか「物のわかったスゲー人」とか「オレのビッチがアレの時、今のお前に超ソックリ」とか直訳をもって最良とする辞書原理主義者は卒倒するであろう。単位はメートル法に換算されているからイメージしやすい。本書の問題は一切の写真が掲載されていないことだ。登場するのは見てくれからもヘンテコな人たちなのだから興味がそそられる。それを見越して翻訳者は丁寧にYoutubeのURLを添付している。尚、翻訳者の村井理子氏はお会いしたことはないのだがボクのTwitter友達である。