『大人げない大人になれ!』

大人げない大人になれ!

大人げない大人になれ!

何人かの方からお褒めをいただいたので、調子に乗ってもう少し内容を紹介。



■神話をつくろう

 個人でも会社でも、最も効果的なマーケティングの方法は、神話をつくることである。神話というと少し仰々しいかもしれないが、人が人に話したくなるような面白い話だと理解してくれればいい。自分が言っては、ただの自慢話にしかならないようなことも、他人に語ってもらえば神話になるのである。

 たとえば、社外での会議では、始めの数分は取るに足らない世間話になる。この場で「そういえばこの前変な人に会ってー」などと時間つぶしの話題に上れば最高だ。間接的な紹介以上に人の興味を誘うことはないのである。こうして話は、自然と一人歩きしていくことになる。

 こう言うと、話題になるようなことができるのは、一部の限られた人間だけだろう、と思われるかもしれない。マイクロソフトにおいて、ビル・ゲイツはほとんど生きる神話状態なのだが、これはあまりに特殊な例だ。二度以上会った人間の名前はすべてフルネームで記憶している、といった逸話には事欠かないが、真似することはまず不可能である。しかし、そうでなくても、神話は意図的につくることもできる。

 本書の第1章では、グーグルについて取り上げたが、彼らのサクセスストーリーは小さなガレージから始まったとしてあまりに有名だ。その一方で、今では世界最大のショッピングサイトとなったアマゾンの創業者であるジェフ・ベゾスは、さらに面白い。後に会社が大きくなったときに、「アマゾンも始まりはガレージだったんだ」と言いたいがためだけに、ガレージを出発点に選んだそうだ。彼は、アマゾンが数あるベンチャー企業の一つに過ぎなかった時代から、このことを周囲に話していたはずである。なんとも子供っぽい話だが、これを聞けば、変な奴がいるな、と人の記憶に残ったことは間違いないであろう。

 さらに事例を付け加えるのであれば、アウトドア用品メーカーであるパタゴニアについても触れなければならないだろう。創業者イヴォン・シュイナードの著書『社員をサーフィンに行かせよう』(東洋経済新報社)は是非とも読んでほしい。この会社の、社員は勤務時間中でも自由にサーフィンに出かけることができる、という創業間もない頃からのルールは、すでに神話化されていると言ってもよい。社員と自分自身がサーフィンに行くために、オフィスを海岸近くに構えているというが、こうした自由さも人を惹き付けるにもってこいの特徴である。シュイナード自身は、社員の誰よりもスポーツに出かける機会が多く、一年のおよそ半分は会社にいないという。彼はこれをMBA、「Management By Absence(不在による経営)」と呼んでいるというから、言葉選びも巧みである。ここまで徹底されていれば、話題にするなというほうが無理な話だとは思わないだろうか。

 こうした例を紹介してもまだ、これも一部の人間だからこそできることだと思う人がいるかもしれない。また、こうした逸話は、周囲の人間が自発的に読み取るから面白いのであって、意識的に話題にさせようとするのは、少しいやらしくはないかと懸念する人もいるだろう。しかし、そんな悠長なことを言っていては、いつまでたっても人に知られることはない。パタゴニアの例も、その理念は社是として言語化し、書籍という形で世に放ったからこそ、人々の共感を呼ぶに至ったのである。どれほど素晴らしく面白い取り組みも、人に気づかせるために少しぐらいは誘導してあげることが必要になるのだ。

 では、首尾よく興味を持ってもらうにはどのようにすればいいか。たとえば、私が読書家として知られるようになった理由を考えると、それは、自分のスタイルからちょっとした面白さを引き出すことができた点にあると思う。

 私は、自らの読書について語ることもあるが、「私はこんなに沢山の本を読んでいます。すごいでしょ」などとストレートには決して言わない。そんな人などいくらでもいるし、率直な自慢ほど聞いていてつまらないものはない。では、どのように自分の読書スタイルに興味を持ってもらうかといえば、「本は決して売らない」「読書家ではなく本を買うことが好きな買書家」「ビジネス書は読まない」「本はトン単位で数える」などと、少し角度を変えて言ってみる。ポイントは、自分を聞く立場に置き換えて、話を小ネタとして人に教えたくなるものに仕立てることである。

 このとき、自分のやり方の面白さは自分自身が一番わかっているのだから、やはりこうした逸話は自分で作りださなければならない。いかに面白く自慢を聞いてもらえるかを考えださなければならないだろう。こうしたことに腐心することも、もちろん大人げない人たちの特徴の一つである。

 千枚の名刺をせっせと配ることも、大金を払って手の込んだ企業サイトをつくることも、それなりの効果はあるだろう。しかし、時にはたった一つの神話の方が、自分や会社により多くの人を惹き付けることができるのである。