芸術祭十月大歌舞伎・昼の部


席は1階10の18という今月最高の場所だったのだが、たまたま通路を挟んで隣が小泉元総理であった。昼にお目にかかるのは、5−6年前に日産のゴーンと一緒に官邸を訪ねて以来だ。無粋であるから、軽く会釈しただけだ。

昼の部は「毛抜」から。なんだか全体がちいさくまとまってしまって、それで終わりだ。病が治った時の梅枝が良いくらいか。遅れてくる人も多く、客席も最後までざわざわしている感じだ。まあ、まだ昼飯前だからこの感じで良い。昼飯はざるそば2枚。歌舞伎座のざるそばはもちろん水切りしてある更科系で意外にも美味しいのだ。

「蜘蛛の拍子舞」前半は拍子舞。玉三郎松緑菊之助の3人だから安心して見ていれるものの、いつもとさほど変わりない。後半も玉三郎お得意の蜘蛛メークで「カーーーッ!」だ。これもいつもと変わりない。とはいえ客席は最後の見得で大いに盛り上がる。なにしろ舞台は蜘蛛の糸もふんだんで、ギンギラギンだから見栄えは良い。じつはこの舞台、玉三郎の化粧直しのための場つなぎに出てくる蜘蛛役が素晴らしかった。蜘蛛のかぶり物で見得を切ってあれほどきまるのはすごいことだ。筋書きに名前を出すべきだ。蜘蛛には隣の小泉さんも大喜びだった。

今月はここからいきなり藤十郎の「河庄」だ。藤十郎はあいもかわらず、常時「ジュルジュル」だ。鼻をすする音なのか、涎をすする音なのか意図はわからないのだが、人が泣いた時のいわゆるすする音をほとんど全ての台詞の合間にたてる。あまりに板についているので筋書きとは関係なくすする。泣いてもすする。笑ってもすする。段四郎は中日でもまだ台詞を覚えていない。こういうとなんだか芝居はぐちゃぐちゃのようなのだが、終わってみるとグッと胸に迫るものがある。やはり間違いなく藤十郎が上手いのだ。途中でてくる亀鶴が良い。時蔵は劇中ほとんど伏しているので肉体的にはつらいかもしれないが、演技的には工夫はいらなさそうだ。小泉さんは涙でウルウルになっていた。いい人だ。

最後は松緑の息子である藤間大河のお目見得だ。可愛いったらありゃしない。きちんと指を伸ばしてご挨拶するさまはお人形のようだ。菊五郎富十郎吉右衛門松緑と挨拶が進んで、菊五郎劇団の登場で「だんまり」である。こんな劇を「あらうれしや」「あらおもしろや」と見るのは日本人だけであろう。踊りも台詞もなく、暗闇で10人ほどの大人が手探りしながら歩きまわるさまだけの劇作だ。ところが、これがじつに豪華で面白いものなのだ。いっきに江戸時代にタイムスリップしてしまえる。歌舞伎があるおかげで日本人はいつでも現代と江戸時代の二つの時代に生きることができるのだとつくづく思う。「あらありがたや」