国立劇場初春歌舞伎公演


団十郎の復帰公演でもある舞台だから、しょっぱなは歌舞伎十八番「象引」である。本当におめでたい舞台だった。もちろん団十郎の復帰がなによりもおめでたいのだが、ストーリーそのものもおめでたい。死ぬ人もいないし、本物の悪人もいない。団十郎三津五郎がおおらかに象を引っ張りあって、あー良かったねというお話だ。役者はそれぞれに盛大に隈取をして舞台上で居並び、どんどん「つらね」て、ばんばん「見得」を切る。新春らしい舞台だった。

「十返りの松」は成駒屋三代および一門総出演の舞踊だ。これまたおめでたい。子孫繁栄・天下太平そのものを見ているようだ。演奏は山田流筝曲で、歌は黒紋付の女性陣だ。春らしい舞台のしつらえ。福助が登場したところで、祇園の豆鶴姐さんを思い出してしまった。最後の成駒屋大集合で本物の「都をどり」のフィナーレを見ている錯覚を覚える。今月は鼓の田中傳左衛門がそこらじゅうの芝居小屋にいるような気がするのも錯覚であろうか。

最後は「裊競艶仲町(いきじくらべはでななかちょう)」だ。1802年に書かれた鶴屋南北の作なのだが、意外にも江戸の若者の粋を描いた作品だ。南北といえば四谷怪談しか思い出せないわが身の悲しさである。そういえば「三五大切」も南北だった。ストーリーはわかりやすく、テンポも良く、意外性もあり、勧善懲悪でとても楽しい。

三津五郎福助橋之助の三人ともそれぞれに良い。三津五郎は地ででてきてもつとまるはまり役。真面目で立派な侍の役だ。福助は深川遊女と田舎娘の二役なのだが、両役とも福助らしいこれまたはまり役。橋之助はなんといっても「見得」が良かった。江戸の役者絵そのままなのだ。なんと前から2列目というめったに取らない席だったのが功を奏した。復活狂言とのことなのだが、これは興行的にこれからも成立する舞台だと思う。菊五郎の与五郎、時蔵の都、仁左衛門の与兵衛なんてのも見てみたい。

やはり新春公演だけのことはあって、客席は着物姿の女性が多い。今日は外国人客も多く、ロビーでは素人撮影会のようなありさまになっていた。それにしても少し賢い外国人は日本は不思議な国だと思うだろう。まずは見ている劇が200年前に上演されたそのままなのだ。違うのは照明くらいなものだ。それ以上にすごいのは、見ている観客も基本的には200年前と同じ衣装を着ていることだ。19世紀初頭といえばナポレオン戦争の時代だ。西洋で古い衣装を普段着として来ているのはアーミッシュと「アルプスの少女ハイジ」ぐらいなものだろう。