芸術祭十月大歌舞伎・夜の部


「本朝廿四孝 」十種香の序盤、菊之助の勝頼から目を離すことができなかった。単眼のオペラグラスを握り締めて見入る見入る。目を伏せて八重垣姫と濡衣の様子をうかがう様は息を呑む美しさ。若衆好きの旗本にでもなった気分である。序盤の玉三郎は声を意図的に上げているのだろうか。地声に戻らず昆劇のお姫様のようであった。場面変わってご注進の松緑が舞台を引き締めていた。

「直侍」菊五郎は何をやっても本当に粋だ。下駄の歯にはさまった雪を落としても、手紙を書いても、垣根を乗り越えても粋だ。とりわけそばの茶碗を手で包むようにして食べる様子が粋だ。これがラーメンのようにテーブルに置いたどんぶりに、自分から首を突っ込んで食べるのではさまにならない。

この演目では菊之助が花魁となってでてくる。これがまた綺麗。ところが菊五郎と絡むところで思わずにんまり。この親子そっくりなのだ。よく息子は母親に似、娘は父親に似るというが、歌舞伎界では団十郎親子もそうであるように、父親と息子が似ていることが多いように思われる。

夕食は地下食堂「花道」。指定席に置かれている筆書きの予約表が面白い。食べ物は縦書き、飲み物は横書き。ちなみに食べたものはビーフシチュー、にぎり寿司、幕の内弁当である。略してビーフ、ニ、マだ。

今日の大向こうは人数も多く、じつに気持ちの良い掛け声をかけてくれていた。うまい大向こうの人がいると本当に得した気分になる。